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例会報告

第20回(通算2490回)通常例会 開催報告

日時:2018年01月18日(木) 12:30~13:30
場所:ANAクラウンプラザホテル千歳 例会場
プログラム:通常例会
担当:職業奉仕委員会

例会前の様子と本日の昼食です。



 

◇進行:SAA・プログラム委員会 伊藤 一三 委員長



◇国歌、ロータリーソング「奉仕の理想」斉唱

 

◇四つのテスト



◇友情の握手

会長挨拶

◇瀧澤 順久 会長

 

皆さん こんにちは!

 

先週の新年交礼会は、大勢の会員と、各奉仕団体の代表者にも出席いただき、千歳ロータリークラブの新しい年を華々しく飾ることができました。北海道神宮と千歳神社のおみくじの結果はいかがでしたでしょうか。おみくじの売り上げは千歳市奨学基金に寄付し、皆さんの「愛」を未来につなげてまいります。

 

新年交礼会では、50周年記念事業委員会の五十嵐桂一委員長が映像を交えた素晴らしいプレゼンテーションをしてくださいました。市内公共施設に新品車椅子100台プラス修復車椅子海外寄贈大作戦、クリスマスに市内の子供センターに大型玩具の寄贈をしたこと。そしてこれから4月21日の記念式典・祝賀会と、これに先立ち4月13日の記念講演会に大阪府知事、大阪市長、おおさか維新の会代表などを務めた弁護士の橋下徹氏を招き無料で公開する予定であることなどを分かりやすく、かつ印象深く説明いただき、出席した会員と各奉仕団体に理解を広げることができました。

 

さて、今月は「職業奉仕月間」です。ライオンズ、ソロプチミスト、青年会議所などさまざまな奉仕団体の中で唯一「職業奉仕」を掲げているロータリーですが、なかなか分かりにくい言葉でもあり、会員の認識にも温度差があると思います。本日は、職業奉仕委員長の阿部会員に卓話をしていただきます。真光寺の住職でもある阿部委員長のお話、つい有り難い説法、説教のように聞いてしまうかもしれませんが、職業奉仕につながるお話でもありますので、ぜひ今後のロータリー活動に役立ててください。

 

先週から今週にかけて会員の皆様それぞれの立場で新年会が続いていると思います。今月いっぱい、中には2月に入っての新年会もあることでしょう。来週からは千歳支笏湖氷濤まつりも始まり、冬も本番という時期に入っています。健康第一でこの時期を乗り切り、雪解けと共に迎える50周年本番への備えをよろしくお願いいたします。

幹事報告

◇喜多 康裕 幹事

 

 

皆さんこんにちは。
先日の新年交礼会に多くのご出席ありがとうございました。
早速ですが、第20回幹事報告をさせていただきます。

 

① 1月4日、千歳市の新年交礼会に出席しました。

② 1月9日、セントラルRCの新年交礼会に瀧澤会長とともに出席しました。

③ 1月10日、千歳ライオンズクラブの新年交礼会に大澤副会長と出席しました。

④ 1月12日、千歳商工会議所の新年交礼会に出席しました。

⑤ 1月16日、千歳青年会議所の新年交礼会に大澤副会長が出席しました。

⑥ 来週1月25日の例会前に第二回50周年記念実行委員会を開催いたします。今週中に文書で案内をお出ししますので、各委員長の方はご出席よろしくお願いします。

 

以上です。

ロータリー情報

◇ロータリー情報・定款細則委員会 大西 信也 委員長

 

ロータリー情報の前に一言お話しさせて頂きます。

SAA・プログラム委員会からホテル側には言ってあるのですけれども、今日は国旗があります。
(ANAクラウンプラザ)ホテルで行う毎月第1回の例会の日は、国旗掲揚をするということに決めておりますので、ホテル側が間違っているわけではありません。
先週、新年交礼会で国歌斉唱をしましたが、今日も行っても別に構わなかった、お話をしておきます。

 

今日のロータリー情報は、「職業奉仕、職業サーヴィスを考える」という題名で、2007-08年度RI職業奉仕委員会委員 廣畑富雄さん、福岡西ロータリークラブ会員、2005-06年長崎県のガバナーをされた方が「ロータリーの友」2017年4月に投稿しています記事を紹介します。

 

一般に「職業奉仕」は、わかりにくいと言われる。例えば、職業を通じた奉仕なのだから、医師の無医村診療や弁護士の無料相談などと誤解される方もいるかもしれない。「奉仕活動」は無料だと誤解するからである。『ロータリーの友』の1月号に、第2840地区の本田博己パストガバナー(PG)が、新しいコンセプトの職業奉仕について寄稿しておられた。元来職業奉仕は、私の大変関心のある分野であり、最初に『友』誌に寄稿したのは、約35年前のことである(1982年7月号)。長年開かれていなかった国際ロータリー(RI)職業奉仕委員会が2007-08年度に開かれ、私は第1回の日本の委員を務めた。エバンストンの会議では、大変有意義な議論ができたと思う。そういう背景のもとに、この小文を寄稿させていただいた。同委員会の審議とRI理事会への勧告は、『友』誌2009年1月号(横組みP16~17)に寄稿している。

 

職業奉仕という概念が理解しにくいのは、Vocational Service を職業奉仕と訳したためであろう。元来「サーヴィス」という概念は、奉仕よりずっと広い概念で、相手をおもんばかり相手のためになる行為である。英語の「サーヴィス」に無料という概念はない。日本のロータリーの大先輩、米山梅吉さんの言葉だが、「翻訳も種々試みてみた。しかし翻訳は、大変難しい。第一サーヴィスという言葉、これが実に難しい。だから英語のまま使うのが良いと思われる。」これは、1929年、日本の第1回地区大会での発言である(前岡志郎PG資料)。

 

米山さんは、昭和11(1936)年、『ロータリーの理想と友愛』という本を出版。ポールハリス著『This Rotarian Age』の翻訳である。その中で、「サーヴィス」は一切奉仕とは和訳せず、サーヴィスと記しておられる。私も永住権を持って長くアメリカで生活したが、サーヴィスを奉仕とは訳せない、と思っている。なお現在入手できる『ロータリーの理想と友愛』は、米山さんの没後の出版であり、米山さんのサーヴィスという訳は、すべて奉仕に変えられている。

 

この小文で以後は、米山さんと同じく「職業サーヴィス」と訳す。職業を通じたサーヴィス、端的に言えば、相手に対し、思いやりの心をもって接することを言う。より正確には、関係するすべての人への思いやりである。アーサー F.シェルドンは、このやり方でビジネスをすれば、長い目で見れば、永続的な顧客を獲得し、成功への道に通じるという。ここから有名なロータリーの二つの道に通じるという。ここから有名なロータリーの二つの公式標語の一つ、He Profits Most Who Serves Best(現在はHe⇒One)、「最もよくサーヴィスする者、最も多く報いられる」が生まれる。

 

日本の2代目ガバナー、井坂孝氏の『ガバナー月信』を見ると、RI職業サーヴィス委員長から「職業サーヴィスは、人間の社会生活で最も重要である。だから職業サーヴィスを鼓吹してもらいたい。」という連絡を受けている。確かに、誰もが職業サーヴィスを重視すれば、より良い社会が生まれるだろう。例えばリーマン・ショック、これはリーマン・ブラザーズ社をはじめとする業界各社の、倫理観を欠いた住宅ローン(サブプライム・ローン)が発端であった。

 

ポール・ハリスは職業サーヴィスを定義し、「Vocational Serves:That is, in matters pertaining to the ethical conduct of his business or profession」と述べている。要するに職業サーヴィスは、高い倫理性を求めることだ、と述べている。サーヴィス、相手のためを思う行為には、高い倫理性が伴うのは当然である。

 

ロータリーは、激動の時代を迎えた。社会奉仕、特に発展途上国への援助が重視される。ポリオ撲滅が成功した後は、発展途上国の諸問題、例えば貧困対策なども重視される。これは私の、規定審議会での議論を通じた理解である。世界のロータリアン数は近年約120万人と変わらないが、この10年間に発展途上国では約10万人増加し、先進国では約10万人減少した。例会も、会員資格も緩和された。ロータリー百余年の歴史と伝統を重視する日本のロータリーにとり、厳しい時代となった。しかし、われわれは、良き伝統は保持し、それを世界に拡大していきたいと考える。

 

ある元RI会長が、毎年日本の地区大会にお見えになる。理由を聞くと、「日本の地区大会が、最も楽しいので」と言われる。私も10年ほど前だが、ボストンのあるクラブの例会に十数年ぶりに出席した。かつては会員数が400~500人だったのが、当日の例会出席者は10人余で、強いショックを受けたのを思い出す。ロータリーの基本に関し、拙著『ロータリーの心と原点 Back to Basics』について、例会出席者に話したところ、すぐに英訳してほしいと言われて驚かされた。

 

結びに、日本のロータリーは大体に於いて、ロータリー百有余年の良き伝統を保持してきたように思う。われわれは胸を張ってロータリーの基本を守り、われわれの信じるところを世界に伝えていく、それが世界のロータリーに、大きな貢献になるのではないだろうか。

 

という記事でございます。以上です。

 

※1月25日の例会で、資料が配付されています。

卓話

◇講師紹介:職業奉仕委員会 阿部正信 委員長(真言大谷派 真光寺 住職)

テーマ: 「宗教概論」

 

 

それでは、お話をさせて頂きたいと思います。

今、大西先生からお話がありました様に職業奉仕という事色々とお話を頂きましたので、短い時間ですので若干私が今住職をしています宗教について少しお話をさせて頂きたいと思います。

 

宗教といいますと「奉仕」という姿ですよね、相手を思いやる心ということでございましょうから、そういうことが大事でありますよ、というお話ですね。

 

世界の四大宗教については、高校時代に習われましたでしょうけれども、キリスト教、イスラム教、ヒンズー教、そして仏教です。世界では(信者数は)大体キリスト教は20億人、イスラム教は16億人、ヒンドゥー教が9億人、仏教は4億人ですね。そういう風に、世界は大体大きな四大宗教というのでなっております。

 

その中で、アメリカ、イギリス、ヨ-ロッパを中心としたキリスト教ですね、
キリスト教がやはりロータリーの精神の中に入っていると思うんですよね。
その中で「奉仕」という姿があると思います。

 

宗教というのはですね、どういうことで宗教というものが成り立っていると言えばですね、ある意味で「死」というものが必ず私たちの中に有りますよね。その「死」というものをどの様にとらえていくか、ということです。

普段私たちは、「死」というものを別のところに置いておきたいんです。それをなかなか自分のものとして受け取っていくことができないのが私達なんですね。宗教というのは、「死」というものから目を背けること無くして正しく生きて行こうというそういう精神の中で宗教というのが有るのですね。私一人で考えていることではなかなか理解出来きていかないわけです。そういう中で宗教というものが生まれてきているわけですね。

 

その中で日本はどの様な宗教が有るかというと、神道、仏教、キリスト教、諸教ということですね。日本の場合、神道(神社系)は大体1億人いらっしゃるというんですね、仏教系は8千万人、キリスト教系は3百万人、諸教が900万人、全部合わせると2億人なんですよ。日本の人口が大体今1億2千万人です。それが全部合わせると信者の数が大体2億あるということなんです。皆さん方ご存じの様に神社であるとですね、どこかのお寺につきながら、そこの(神社の)氏子さんになっている、ということがありますからね。そういうのを含めながら、一つ二つという宗教を持ってる方がいらっしゃるということですね。ですから日本の宗教というのはそういう意味ではそういうことであるわけですね。

 

先だって私達が行かせて頂いたタイという国、タイというのは仏教国ですね。国教になっています。他の宗教を信仰しても構わないのですが、国王は仏教徒でなければいけないということになっているんです。

 

仏教というのは2種類有るんです。それは上座仏教と大乗仏教です。タイ、ラオス、ベトナムなどは何かというと上座仏教という仏教なんです。中国、韓国、そして日本、これが大乗仏教ということで、この違いは何かというとですね、上座仏教というのは、僧侶でなければ救われませんよ、というんです。ですから、タイでは小さいときからお寺に行って必ずそういうのをするわけですよ。それは、僧侶になるということが大事なんです。その中で修行することによって救われてきます、ということがタイ等の仏教の考え方なんです。日本は何かというと、それこそお釈迦様は全てを救うといわれましたので、僧侶は色々勉強させてもらうと、そしてその回りにいる人々も一緒になって救われていく、というのが日本の仏教の形なんです。

 

これは「自利利他」という言葉で表されます。これが日本の仏教の考え方。自分の利益、他の利益。私だけが良いわけでは無くして、他も一緒になって良くしていきましょうと、そういうのが日本の大乗仏教という考え方なんですよ。ですからこのことが日本の中のおもてなし等のいろいろな形の根底にこういうものがあるんです。

 

もっとお話をすればですね、キリスト教というのは神でしょ。仏教でいえば仏さんですよね。キリスト教での神はあくまでも神なんです。仏教でいう仏というのは仏陀と申しまして、悟りを開いた人なんですね。お釈迦様というのは、インドで生まれたシャカ国の王子だったわけですね。その方が出家なさって仏教というものを明らかにするということです。お釈迦様といいますけれども、悟りを開いた方は皆シャカと言うんです。悟りを開くというのは仏になるということですから、仏教は仏になることができる。キリスト教は神ですから、キリストがいて、後はお弟子という形になる。キリスト教では神にはなりません。仏教では仏になる、悟りを開くということが大事。そういうのがありますね。

 

この中で「自利利他」というのが仏教の言葉であるといいました。日本の仏教の心、仏教の考え方であり、私という者そして他の者、それが利益がある、ということが大事であるといえます。

 

お釈迦様が悟りを開かれた、それはどういうことかと、「無常」という言葉なんですね。「無常」ということ、これは真実をあるがままに受けるということ、このことが心の平安、悟りということなんだと、こういう風に言うんですね。私達は本当は無い方が良いと思っているんでしょうけれども、「死」ということが必ず来ることをどの様にとらえていくか、ということが大事なことなんですよ。それで、お釈迦様が仏教の中で何を言われたかというと、只、人生皆苦、と言われています。私達の生活は苦しみだ、と。それは何かと言いますとですね、四苦(四つの苦しみ:生老病死)、そしてもう四つあるんです(愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五陰盛苦)。
四苦というのは、生まれ(生き)る、老いる、そして病、亡くなる。

 

生きる、と言うことは、肉体的苦痛その他色々なものがありますからね、こういう中で伴う苦痛です。老いるということは、自分たちが老いていく、年を取っていく、これは真実でしか無いわけですから。病、いろいろな病気が必ず来るということです。そして「死」というのは、私達が「死」というものを迎えていくときの恐怖だとか、後の世界ですね、そういうことを考えていく姿の中に有ると・・・。今言った四つが四苦です。

 

あと、もう四つあるんです。

 

愛別離苦というのは、愛する人と別れていく。怨憎会苦というのは、嫌な人、恨みのある人が目の前から離れていかない・・・あいつさえいなければ俺は何とか、というのがあるんです。ありましたでしょこの前も、スポーツの中でも。薬を入れたということで、あいつさえいなければ俺は五輪に出られるんだという、そういう心ですね。そういう苦しみですけれども、それをしたから本当にそうなるのかというとそうならないんですね。どこかでそれが狂ってくるわけです。それから求不得苦というのは、欲しいものが手に入らないという苦しみ。そして五陰盛苦というのは、人間の肉体と精神のバランス、これが中々上手く行かないという苦しみです。いろいろな病気もあるでしょうけれどもそういうものの苦しみ。

 

今言った四つの苦しみを足すことによって、大きく分けて四つ。そして小さく分けると八つある。それで四苦八苦というんです。だから私達はですね普段何をしているかというと、苦しみ、苦しむ中で四苦八苦しているよ、と。四苦八苦というのは皆様方良く聞きますよね、どうしようも無いことをアップアップしている状態なんですよ、もがき苦しんでいる姿でしょ。だから四苦八苦というんです。これは仏教の言葉ですね。

 

四苦八苦をしているということは、どうしようもないことを一生懸命努力している。努力してもどうしようもならないことを行っている。だから苦しいんです。

 

先程申した様に、仏教というのは、宗教というのは、そういうものを受けていく、ということが大事なんだと・・・。“そのものをそのものとして受けていくことが出来ていく”というのが宗教の教えですよね。私達はなにかというと、これらを“何とかしよう何とかしよう”としているんです。「死」を何とかしよう、それから病を何とかしよう、老いを何とかしようとしている。でも、何とか成らんて!何とか成らんことを何とかしようとしているから苦しみなんだ、とこう言うんですね。

それから、“物事をそのものとして受けていけない”ということが私達の中に有るわけですよ。例えばですね(数字をボードに記載)、これは数字でしょ。でも「し」と読みます?そうすると一般的にこんなこと(死)を考えますよね。だから病院というところは4号室が無かったり、9号室が無かったり、13号室が無かったりします。飛行機にも有りますよね。結構そういうのを気にしているんです。でもね、例えばこのナンバープレート(42-19、を記載)は何と読みますか?(しにいく、の声)そうでしょ。1回インプットされるともうこれ以外のものとしては読めないんですよ。死に行く、と意味づけをしてしまっているんですよ。でも、(この数字を)読み替えると全然意味が違ってきてしまう。今言った、死に行く、という言葉は悪い言葉でしょ。でも、違う言葉があるんですよ。昔はこのナンバープレート(42-19)を売り買いしたそうですよ。何と読むかというと、始終荷が行く(しじゅうに-いく)。運送業なんですね、荷が始終行ったり来たりしないと儲かりが無いんですね。

 

数字自体、何の意味も無いんです。ところが、先程申した様に、死に行く、と言ったら、その様になってしまう、嫌な言葉になってしまうんですよ。でも、始終荷が行く、と言うと、これは良い番号になる。同じものが全く違う言葉になり、全く違う感覚になっていくんです。

 

“それをそのものとして受けていきましょう”というのが宗教であり、仏教なんです。

 

なぜこのような話をするかと言いますと・・・仏教は気づきの宗教、と言われています。「ああ、そうであったなぁ」と気づいていくことが大事なんだ、ということです。こういう事で怯えておったけれども、そうでは無いな、これを“そのものとして受け取っていけば良いんだ”、そういうところに気づいて生きていくのが大事ですよ。と、こういうことです。

 

この頃、44-44の番号を付けて走っている車を見かけます。この番号を本当に自分達で、“そのものとして受けとっている”のであれば良いのですけれども、誰かに言われたときにこういう言葉になってくる。「お前、そんな番号を付けているから事故を起こすんだ。」とかね、そういう風になってくると、そういう様になってしまう。これが人間の感情、心なんですね。こういう事に惑わされている私達がありますよ、と。それを教えて下さっているのが宗教である、仏教である。いろんな形がそういう風になっている。

 

“もののとらえ方”というのが、どの様に、という事です。

 

例えば、先程言った「自利利他」という事がある。 皆様方、ウサギとカメ、という話は知ってますよね。ウサギが先に走って行って、途中で切り株のところで寝込んじゃうわけですよ。後から来た亀が追い越していくわけですよ。ある先生(宗教評論家、多数の一般向けの解説書を執筆)がこの話をインドのお友達にしたそうです。私達であれば、ウサギとカメが競争してカメがウサギに勝ちました、チャンチャンということですね。それは何かというと競争原理の世界です。競争して勝った方が良いんだ、という考えで終わっちゃうんです。ところがインドというところは、あそこはヒンズー教ですね。元々仏教はインドから始まっていて仏教も入っていますけれど、ヒンズー教徒です。そのインドの方は、ウサギはノープロブレム(問題ない。)、そしてカメに問題があります、と言ったそうです。このカメは、寝ているウサギをそのままにして横を通っていったわけですよ。何故その時に起こさないんだ、と。それは競争だから・・・。そうでは無くて、カメが病気だったり、気分が悪くなっていたとしたら助けないのかと、そういうふうにお話をしてたというんですね。

 

ということは、考え方が全く違ってくるわけです。
競争というところにいけばですね、そういう意味では有りかもしれない。ただ、競争の中でもカメという者がウサギという者に対してそういう考え方、ある意味では「奉仕」の姿ですよ、「自利利他」の姿なんです、本当は。それを忘れてしまっているところがある。「自利利他」というのは、そこに大事なことがあるんですね。自分の利益だけでは無く他の利益もちゃんと重んじていくということが有る、そのことが大事なんですね。

 

あとですね、さっき話しました様に“ものごとをものごととしてみていけない”ということがあって、例えば、北枕で寝ていらっしゃる方はいらっしゃいます?あっ、いらっしゃいました。大体、北枕といいますと、「それは・・・」というんですよね。それは何故かというと、北枕というのは、お釈迦様が亡くなったときにそのお姿であったといわれるんですよ。だから北枕というのは亡くなったときに必ずする、北の方に頭を向けて、というのがあります。だから、亡くなった方と一緒のことは出来ないというので、縁起が悪いとかいろんなことを言うてそれを避けるんですけれども。話によるとですね、お釈迦様は亡くなったときに北枕であったけれども、北枕に直したという記述は無い。というんです。ずっと北枕で寝ていただろう、というんです。お釈迦様は二千五百年程前におられて、その時代に80歳まで生きた方です。何故亡くなったかといいますとですね、或る処で村の方々が出してくれたきのこか何かの鍋を食べて中毒になったのではないか、と言われて。ということは、元気であったと。街から街へと飛び回っていた方ですからね。80歳でまだまだ元気であった。その方が北枕で寝ていた。亡くなった時もそのままであった、というんです。
別に北枕が悪いとか良いとか、そういう話では無いんです。だから、そのままで受け取ればいいんですけれども、何かそういうふうになってしまっているところがあります。

 

私達は、迷信だとかジンクスだとか、そういうものをすごく気にするんです。それは何かというたら、それこそ「死」だとかそういうものを恐れるから一生懸命にそれを抑えるわけでしょ。本当はそうじゃないよ、このこと(「自利利他」)が大事なことである。

 

私の先生がこういうお話をして下さったんです。人として生まれて人間として育つ。よく人についての話をするときに、人というのは支え(の部分)があって人だって。でも人は支えが有ることを知らなくても生きていけます。良く言うでしょ、俺は誰の世話にもならないって。そんなことはあり得ないですけれども、支えがあったとしてもそれに気がつかないという人がいっぱいいらっしゃっています。人間というのは一人じゃないです。人というのはある意味で一人称なんです。私は一人称です。二人称になればあなたでしょ。私とあなたがいるから生活が出来ていけるんです。人と人との関わりを大事にしていく、それが大事なことなんだと思います。

 

去年の12月に今年の漢字が発表されました。清水寺の管長さんが出て来てね、北という字でしたね。全国からどういう字が良いですか、ということで選ばれたんですけれども、その中では北朝鮮だとか北海道だとか色々な事が(挙げられていました)。でもね、管長さんはこんなことも言ってたんですよ。あそこで北という字を使うのには意味があるんですよと。(北という字の2つの上先に○を付けると)人の形になるでしょ。背を向けている姿、話し合いのない姿なんです。私達は、人間というのは一人称では無く二人称なんですよ。相手がいるということによって私達が有るわけですから。相手との関わりを持たないということでは無くて、関わりを持ってちゃんと相手と背を向けずに話し合うということが大事なんだと。そのことで北という字を選びました、という話をしていました。

 

一人称で、私が(我)、これは一人のこと。ところが、我では無くして、二人称である(私と貴方)。仏さんによって、神様によって色々教わっていく姿(人と人とが向き合う姿)。ですから、「奉仕」というのは、ある意味で言うたら「自利利他」の中に含まれている私そして貴方、ということですね。「奉仕」をするということは、決して相手だけでは無く、私もそして貴方も。その姿がそこに有るから奉仕の姿というのが大事になってくるんじゃないかと思います。

 

簡単なお話をさせて頂きました。
では、時間がないのでこの辺で終わらせて頂きたいと思います。 ありがとうございました

 

  

 

ニコニコbox

◇親睦活動委員会 新川 新一 委員

 

 

1.恵庭RC様 新年あけましておめでとうございます。

2.瀧澤 順久 会長 一般社団法人千歳青年会議所第55代理事長に、本年、私の息子、渡部 順大が就任し、青年会議所55年の歴史の中、新年交礼会の場で初めて親子で挨拶をさせて頂きました。我が事の様に緊張しました。

3.今野 徳幸 会員 妻の誕生日にお花ありがとうございました。

4.大西 信也 PC カミさんの誕生日のお花ありがとうございました。
かわいいお花でした。

5.阿部 正信 会員 本日の講話よろしくお願い致します。

6.大澤 雅松 副会長 ①昨日(17日)苫小牧キリンビール1月例会抽選会で、一番搾り6缶+氷結6缶当たりました。新春から縁起がいい!②先週の千歳RC新年交礼会おみくじは「小吉」でした。

7.長澤 邦雄 PC 正月家内の誕生日(1月2日)にキレイなお花を頂き年齢は取りたくないとボヤいていました。

8.中山 和朗 PC 3人目の孫が生まれました。

9.喜多 康裕 幹事 皆様改めまして残り半年50周年記念に向けてよろしくお願いします。

10.伊藤 一三 会員 今回初めての参加です。あけましておめでとうございます。

11.根橋 聖治 会員 ロータリーの皆様あらためまして新年あけましておめでとうございます。明日千歳工業クラブの新年交礼会をここANAクラウンプラザホテルで開催させて頂きます。ご来場される皆様、よろしくお願い致します。

出席率

◇出席・資料管理委員会 林 俊樹 委員長

 

 

今回: 55.7%(1月18日= 39/70 実数)
確定: 84.3%(12月28日= 59/70 うちメークアップ0名)

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