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  • 10月7日(木) 外部講師卓話「地域の営みと資源を守る観光の模索」

    職業奉仕委員会
    委員長 村上 倫行

    今月は、職業奉仕月間ということで、職業奉仕委員会担当の2回目の例会となります。今回は、環境省北海道地方環境事務所 支笏湖自然保護官事務所 自然保護官でおられる柳谷牧子さんに三顧の礼を尽くして、卓話をお願いしました。実は、柳谷さんのご出身が神奈川県の鎌倉の長谷だそうです。大仏さんや銭新井弁天などが近くにあります。私も横浜に住んでいて、ほんの一山を越えた所でしたので、一回目の卓話の時に非常に親近感を覚えておりました。実は、千歳民報のコラムゆのみというのがあるのですが、今年の5月までふるさとというタイトルで鎌倉のご紹介などをされていて、大変懐かしく切り抜きにしてとっていましたが、非常に良い文章でした。柳谷さんのプロフィールですが、2004年3月に慶応義塾大学総合政策学部を卒業された後に大学院に入られまして政策メディア研究科を修了されています。その後、環境省に入省され、本省の野生生物課に1年おられた後、関東地方環境事務所国立公園保全整備課野生生物課併任へ異動されております。そして、2008年4月に支笏湖自然保護官事務所自然保護官として現在に至っております。この卓話が終わってから、大澤さんと3人で東千歳バーベキューへ鳥の半身焼きを食べに行ってきます。これを、私からのお礼としたいと思います。卓話のタイトルは、「地域の営みと資源を守る観光の模索」ということです。

    環境省北海道地方環境事務所 支笏湖自然保護官事務所
    自然保護官 柳谷 牧子 様

    本日は2回目の卓話ということで、2回も呼んで頂きありがとうございます。1回目というのは、自己紹介にプラスアルファぐらいで時間がきまして、ある意味気楽にやらせて頂いたのですが、2回目はどのようなお話をしようかとかなり悩みました。私自身が今仕事の中での考え方をどのようにしていけば良いのか悩んでいる時期だったので、その辺りが明確になればそれをお伝えするということもできたかもしれません。まだ悩んでいた時期だったので、これは困ったなと思っていました。そこで、今回はその悩みをそのままお伝えしようかと思っています。どうしてこのように悩まなくてはいけなかったのかということをいろいろと考えていたのですが、そのことについては、ゆのみのコラムを書いているうちに自分の頭の中も整理ができまして、そういう機会を頂きました千歳民報さんには大変感謝しております。

    鎌倉のスケール感と支笏湖のスケール感

    どうして、ここ支笏湖自然保護官事務所で勤務している中で悩まなくてはいけなかったというと、簡単に申しますと、スケール感の違いというものに戸惑いを覚えたとということがあります。初年度にこちらでお話をさせて頂いた時には、そのことに気付いてはいなかったと思います。J8サミットがあったり、60周年があったりなどして、ひたすら忙しくて、気付いたり、振り返ったりする時間はありませんでした。それらが一段落した中で、北海道弁で言うと「あずましくない」感じというのでしょうか、仕事をしている中で「あれ、何か違うな」というような違和感を感じていました。自分が、ずっと26年間くらい過ごしてきました鎌倉とその周辺を振り返っていく中で、「ああ、こんな違いがあったのでちぐはぐしてしまったのかな」ということを感じましたので、今日はその鎌倉のお話をさせて頂きながら、悩み途中の私の話を聞いて頂ければと思います。

    これが、私の故郷である鎌倉を空中から撮った写真です。三方が山に囲まれています。武家最初の政権である鎌倉幕府ができたところですが、要塞としての機能を有していて、京都などに比べますと非常に守りに強い地形になっています。鎌倉の面積ですが、約40キロ平方メートルです。支笏湖の面積はというと約80キロ平方メートルですので、鎌倉が2つ入ってしまう、それだけ大きいのです。そのことに気付いた時、「ああ、スケール感が違うんだ」と思い、私はこの鎌倉の中で暮らしてきてそのスケール感の中で物事を考えていたので、ちょっと合わないこともあったんだと思いました。支笏湖の中には鎌倉が2つ入ってしまう、北海道というのはそういうスケール感を持つ場所なのだと思いました。

    これは、北鎌倉というところの近くにある細流です。私たちはこれを見て、川だと思うのです。そして、これを川だと言ったときにたまたま北海道出身の方が一緒だったのですが、「これは川ではない、河川敷はどこなんだ?」と言われて、いろいろ考えてしまいました。自然保護を考えるときも、「この川の底にある護岸を外して石などを置けばカニが戻ってくるのではないか、魚が隠れることができるのではないか」、というみみっちい事をやってきたわけです。私の大学院での研究も川幅1、2mくらいの細流をどのように維持してメンテナンスしていくか、というのがテーマになっていましたので、千歳川のスケールは非常に大きいのです。そして、誇りを持っていただきたいのは、とても素晴らしい川だということです。鎌倉では、相模川という川が水源になっているのですが、全て三面が護岸されており、その弊害も出てきており、汚い川です。千歳川は、素晴らしい天然の護岸があって、水の素晴らしさ、川の素晴らしさはうらやましい限りだと思っています。

    地域の人々の生活と観光資源

    今日の一つの観点として、鎌倉は一大観光地として認知されています。その観光資源とその地域に住む人々がどのようにつながっているのかという点でお話をさせて頂きたいと思います。さきほど申したように、非常に狭いので観光資源と人々が密着せざるを得ないのです。もちろん、その利点もあります。

    これがハイキングコースです。小学校の遠足などで地元の子どもたちがよく利用していますし、地域の人たちのお散歩コースにもなっています。

    これは、私の家のすぐ近くにあるのですが、鎌倉文学館というところで、加賀百万石の前田家の末裔の方の別荘地になっていました。一時期、佐藤元首相の別荘にもなっていたこともあります。ここは、入館料もかかるのですが、句会なども日常的に開かれており、私の母もここに良く出入りするなどしており、地域の方々が生活の中で使っているような施設でもあります。

    これは、早朝の鎌倉の風景です。由比ガ浜商店街と言われるところですが、高さが規制されています。この建物は消防署の建物なのですが、低層で抑えられています。2005年くらいに法制度ができたのですが、それまでは法律は特になく、高さ規制というものが全くない中で行政指導だけでこの高さを守ってきました。もちろん、行政指導だけでは守らない、嫌だ、という方がいる場合には、それに押されてしまっておしまいなのですが、このように保たれてきたというのは、地域の方々による市民の声があったからでした。市民の方から、それは認めないという声、反対運動などがあって、「そういうものは鎌倉に似つかわしくない」と強く反対してきたのです。そういったことで、この低層が保たれてきたのです。

    鎌倉に来ていただいて喜ばれるのは、このような細い道を歩く時です。これは、観光地用にこうしようとした訳ではありません。普段の生活道路です。山の斜面に家がたくさん建っているので、このような光景になっているのです。また、鎌倉には土地がないという事態は、すでに鎌倉時代から始まっていて、所狭しと家があります。細い道がたくさんあるのは、攻め入られた時に備えて、迷路状になっているのです。山間の家の間を小道が縫うようにしてあるという風景になっています。こうした細い道に、名もないお地蔵様、祠などがたくさん置かれています。当たり前のように置いてあるのです。花を飾っているのですが、これも特に見せようとしているのではなくて、気持としてお地蔵さまに供えるものとして、年中供えられているのです。

    これは、お寺の中にある家なのですが、茅葺きの屋根の家のです。ここで、掃除をされているのですが、この方が掃除機で掃除をしていたら、ちょっとがっかりされそうです。このように箒で掃いているということが風景の一部として、この人自体が一つの観光資源となっています。

    このような、ちょっとした解説があちらこちらにあります。ですので、歩いていて楽しい、見ていて楽しい感じになります。ここも、解説がなければ、石に穴があいているだけということになるのですが、このように解説があると、へーというようになります。このような解説が、道を歩いているとあちこちにあるので、飽きないですし、支笏湖の半分くらいという小さいところでも、一日では見て回れず、また来ようということになります。意図しているのではないのですが、結果としてそういう仕掛けになっています。

    また、道を歩いていても、このように屋根を修復している職人さんに出会えたしします。また、ここは段葛といって、頼朝の奥さんだった北条政子が安産の祈願で八幡宮に行くときに通る道として、頼朝が作ってあげた道です。この奥に見えるのが、鶴岡八幡宮です。鎌倉市では2005年から景観法ということで、地域からのボトムアップで景観を守るための制度を作りました。この時に高さ規制を15mとしたのですが、ちょっと問題になっているようで、従来8mで行政指導を行っていたのが、15mになってしまったので、やはり8mの所は8mということで、行政指導なり、市民運動でやっていこうということです。15m規制のところは、なぜ15mなのかというと、ここの八幡宮の階段の最高部が地上高15mということで、それより高い建物は建ててはいけないということになったようです。

    ちなみに、国立公園で規制されている高さ規制はたいてい13mとなっていて、この根拠は日本の樹木の平均樹高ということになっています。木で建物を隠すということです。旅館からは見えなくて、申し訳ないのですが、木で隠すということで平均樹高を使っています。ちなみに、インドネシアのバリの法律では、ヤシの木より高い建物は建ててはいけないというようになっているそうです。

    これは、ニュースになっているのでご存知の方もいらっしゃると思いますが、鶴岡八幡宮の大銀杏が倒れてしまいました。私も、鶴岡八幡宮を通って学校に通っていたので、非常にショックでした。七五三の時も、あそこの脇を通りましたり、お正月にも行きましたし、ショックでしたが、こうして根株から芽が出ていろいろな方がそれを写真に撮りに来たりして、私も故郷への思いが一層強まりました。鎌倉の一番大きな書店に行ったのですが、大銀杏が写っているポストカードが品切れになっていて、私も買うことが出来ませんでした。地元の人が大分買っていったようです。ちなみに、この大銀杏ですが、三代将軍源実朝が鶴岡八幡宮にお参りに行ったときに、実朝の親戚の公暁というお坊さんがこの陰に隠れいて、実朝を殺害したとのことです。

    千歳にも素晴らしい農村地帯があって、私もあちらに行くときは、おそばなども頂いたりしてお気に入りの場所なのですが、鎌倉にも市場があります。どうしてここに鎌倉市農協の卸市場ができているのかということですが、昭和の初めに外国人から、ヨーロッパでは農家が自分で生産した野菜などを決めた日に決めた場所で直接消費者に売っている、ということを聞いたことがきっかけだったそうです。当時は、農村は不況に見舞われ、自立更生するためには、生産するだけではなく、組織的な直売体制を作ることが必要ということで、当時では全国でも最先端のやり方の直売所だったそうです。こういうのも、どうしてそういうものがここにあるのかとかいうことが表示されている、そしてそれを地域の人が買いに行ったりしたときにふと読んで知ることができる、これが一つの面白さなのだと思います。そして、それを知って自分の住んでいるところの情報を知っていくと、そこで愛着を持ったりだとか、守らなくてはいけないものを理解していくというシステムができていると思います。

    これは、鎌倉五山といって、禅宗のお寺を幕府が順位付けしたものの中で、第一位となっている建長寺というお寺です。お寺なので、観光客の方がたくさんいらっしゃるのですが、地域の方も読書をしたりしています。この奥には日本庭園があるのですが、そこでも座ってぼーっとしていたりですとか、井戸端会議をやっている方々もいます。こうして、観光資源と生活の中のリズムが一体となっており、シンクロしている、まあシンクロせざるを得ない狭さなのですが、それが鎌倉です。

    これは、私の近所の家なのですが、洋風建築の建物です。こういう一般の住宅にも、プレートがあり、こういう建築様式で、どの時代のどういうものなのだという説明があるのです。一般の民家なので、今後も残せるかは分からないのですが、鎌倉の風景を作っています。これは、私が支笏湖に赴任している間に始まった動きなのですが、非常にうれしいなと思いました。非常に狭く、民家も多いです。その民家が作っている景観は非常に大きいのですが、相続税の支払いなどで、そういうった民家が次々と壊されて行った時代がありました。そして、その周辺が買収されて大きなマンションが建つであるとか、大きなお屋敷の後に20坪、30坪くらいの家がたくさん建ったりしました。そうすると、お屋敷とお庭の風景が3階建ての壁だけの風景になって、非常につまらない風景になっていきました。そういう訳で、一般の民家にもラベリングしているということは、その地域に住む人がこんなに良いものがあるんだから、簡単に手放してはいけない、守っていかなくてはいけない、という意識に更につながっていくのではないかと思っています。私自身も、犬などを連れて散歩して歩いてもうれしいです。普段の生活として街を歩いていても、「こういう建築なんだ」とか、「誰々さんの別荘だったんだ」ということを楽しむことができます。

    これは、私の家がある地域の氏神様です。鎌倉では一番古い神社なので、多くの観光客が訪れます。それとは関係なく、何かあれば私もお参りをしています。今は、戻った時は鎌倉を守ってくれていてありがとうございます、ということでお参りしています。これは、子どもの時によく遊びに行った公園なのですが、ここにもプレートがあり、案内表示が付いています。これが、今どうなっているかというと、子ども会館となっており、学校から帰ってきて親がまだ帰ってない時に、ここに来て遊んだりしていて、私もよくここに遊びに来ました。

    これは、鎌倉で2番目に大きな川なのですが、とても汚いです。北海道の人には、ドブだと言われるのですが、ちゃんと川の名前もついています。私はこういう所で育ちましたので、水のきれいな所にいる皆さんは、非常にうらやましいなと思っています。非常に恥ずかしいことに、鎌倉では依然として垂れ流しをしている所がありまして、下水道普及率は100%になっていません。支笏湖は、人口180人ほどですが、下水道が完備されていて、本当にすごいな、やはり水質日本一の湖だなと思います。

    これは、鎌倉の湘南ビーチと言われる鎌倉の海なのですが、これは砂を入れているところです。この砂を入れるということには、賛否両論があります。鎌倉の砂というのは、元々白い砂だったのですが、これには黒い砂が入っていて、いったいどこの砂を入れているんだということになっています。鎌倉の砂に適した生き物がここに住んでいるので、外から砂を入れることには反対で、やらないことにこしたことはないのですが、どんどん砂浜が浸食されている状況です。これはなぜかというと、一番大きい相模川という川が三面護岸になってから、山の石が砂にならずに石のまま流下するようになってしまったからです。そして、砂の流入、インプットが無くなってしまって、波に洗われるアウトプットだけになってしまったので、砂がなくなってきました。私が幼稚園の頃に遊んでいた時と比較して、ずっと砂がなくなってきています。こんな風に砂を入れるくらいなら、相模川の三面護岸の一面でもあけてくたらいいのにと思っています。

    千歳への提言

    このように、鎌倉は北海道と比べてかなり狭く、スケール感が違うので、それに関する戸惑いがあります。また、鎌倉へは年間1700から1800万人くらいが訪れるのですが、人口が17、8万人ですので、人口一人当たり100人の観光客を抱えるような都市ですが、住民の間では観光地という認識は少ないような気がします。それは、観光施設として作っているもの、観光用のイベントというのは皆無に等しくて、地域住民が楽しむものになっています。したがって、支笏湖では難しいのかもしれませんが、千歳の市街地で観光を考えるときには、やはり生活を重視して、それを見に人が来るというものにした方が良いのかなと思います。そして、千歳川というのをテーマにして、一本の線にして、千歳川沿いの看板の整備ですとか、地域の人が千歳川の河川敷で楽しめるようなイベントをした方が、いいのではないかと思います。

    会長謝辞

    柳谷保護官には、貴重な時間を割いてご講演を頂きありがとうございました。保護官の故郷である鎌倉を題材にしながら、街づくり、公園づくりというものを披露して頂きました。私も、支笏湖に住んでいる人間として、非常に参考なることが多いと思います。これからも、支笏湖国立公園をよろしくお願いいたします。