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  • 5月15日(木) 懇親会の様子

    乾杯のご発声 佐藤 秀雄 パストガバナー

    乾杯のご発声

     皆さん、こんばんは。千歳RACの皆さん、沢山のご参会を頂き、有り難うございます。そして、恵庭RACの皆さん、千歳セントラルRCの坂井地区RAC委員長、白木会長エレクト、札幌幌南RACさん、遠い所を有り難うございました。今宵はわずかな時間ですが楽しく過ごして頂きたいと思っています。

     私達、千歳RCは私のようなロートルが非常に多くなりまして、RACの皆さんと足して二で割ると随分年齢が若くなりますので、少年少女に戻った気持ちで今日は一時過ごさせて頂きたいと思います。それでは、乾杯をしたいと思います。

     乾杯!

    懇親会の様子 懇親会の様子1

     ※乾杯のご発声の後、懇親会に入りました。

     懇親会の余興の第1弾として、タイ国チェンマイで開催されましたRAC研修会の様子を白木 郁江 会員、佐藤 あさみ 会員より発表して頂きました。 その一部を紹介します。

     まずは白木会員より、タイの様々な寺院について報告がありました。

    タイ研修参加者 

    ※本研修会の参加者です。

     3月21日、新千歳空港からタイ・チェンマイへ向けて出発しました。1日目は現地に到着したのが深夜の為、その日は就寝し、2日目からチェンマイにあるお寺をまわりました。現地では、タイ人のガイドさんが色々と案内をして下さり、チェンマイの歴史など説明しながらのお寺見学が出来ました。

    チェンマイの歴史 

    ※画像をクリックしてご覧下さい。

     チェンマイはかつてはタイ北部一帯を治めた「ランナー・タイ王国」の首都であり、1296年頃にランナー・タイ王国のメンライ王によりランプーンからチェンマイに首都が移され、今でも城壁や城門が残る歴史豊かなタイ北部最大の都市です。“ランナー” とは、「百万の稲田」という意味で、その名の通り、豊かな王国としておよそ300年間に渡り、独特の文化を育んでいきます。

    チェンマイの歴史2

     ドイステープ寺院(ドイステープは正確には、ワット・プラタート・ドイ・ステープ (Wat Prathat Doi Suthep)タイ語で、ワット:寺院、 ドイ:山、との事です。)に着いて、まず圧倒されたのは、山頂まで続く長く伸びた階段です。その数、実に306段もあり、階段はちょっとなぁ、という方には、ケーブルカーがあります。頂上まで、3分程で運んでくれます。昔の人は5時間程掛けて登り、この寺院に参拝していたという事です。

     チェンマイでは、今でも第8番目の月の満月の日はウィサカブーチャー(仏誕節)にあたり、その日は祝日となり、そのウィサカブーチャーの前日夜から、車などの乗り入れは禁止し、恒例伝統行事「ドーイ・ステープ登り(ティアオ・クン・ドーイ)」が行われるそうです。道の途中には飲み物や食べ物の屋台が出たりして賑わいを見せるそうです。標高1,080mのステープ山にある寺院で、チェンマイで最も有名な観光名所であり、言い伝えによるところではインドからお釈迦様の骨を運んで来た白い象が、おもむろにこの山に登り、この地で息絶えた事から、この地に寺院が建立されたと言われています。敷地内にはその白い象のイメージ?レプリカもありました。

    象の像

    ※レプリカ象です。

     ドイステープのシンボルとなっている黄金に輝くチェディ(仏塔)と傘ですが、チェディは高さが22mもあるそうです。ワット・ドイステープへの参拝は、黄金の仏塔を取り囲む回廊を時計回りに3回まわり、祈る事から始まります。この参拝スタイルは、ワット・ドイステープに限らず、タイの仏教寺院であれば全て共通しています。お釈迦様が亡くなった時に、弟子達がそうして祈った事に端を発しているそうです。 

     ワット・ドイステープのお堂に入ると、お坊さんがお経を唱えながら聖水をかけてくれます。やがて自分の番になると、お坊さんから、手首に白い紐を巻いてもらえます。この白い紐は、「サーイシン」と呼ばれる物で、日本の神社で言うお守りにあたります。サーイシンは、自然に取れるまで、外してはいけないと言われています。お風呂に入る時もそのままでOKです。何か災厄が降りかかった時に、あるいは災厄が済んだ時に、糸は自然に切れるそうです。なお、タイではお坊さんが女性に触れる事は禁じられている為、女性の場合は、お坊さんではない人がサーイシンを巻いてくれます。

     次のお寺は洞窟のような作りをしている「ワット・ウーモン」です。ウーモンとは洞窟(トンネル)のことで、14世紀、チェンマイの始祖メンライ王がトンネルの奥で一人瞑想に耽る為、建立したお寺であると言われています。天井の高さは低く、170センチ程位に感じました。男性の方でしたら、背中を丸めて歩かなければならない高さです。ワット・ウモーンは、タイの他のお寺と違って派手なイメージは無く、薄寒く、細長い道を進んだ奥にひっそりと仏像がありました。タイでは野良犬なのか、飼い犬なのか見分けがつかないような犬達が至る所にいます。人が近寄っても微動だにせず、寝ていたり、ノンビリとしています・・・。細長い道を進んだ後には、大きな仏塔がありました。歴史はありますが観光客も少なく、チェンマイでも穴場のお寺だそうです。

    ワット説明

     次はワット・チェディ・ルアンです。14世紀、セーン・ムアン・マイ王によって建てられたワット・チェディ・ルアンは、北タイ様式で建てられたお寺の中では最大級のものと言われています。このお寺の見所は、本堂の背後にそびえ立つ仏塔チェディ・ルアン。大きな(=ルアン)仏塔(=チェディ)のある寺院。1391年にセーン・ムアン・マ王が父(クナ王)の為に建てたもので、元々は高さ86メートルあったものが、1545年の地震で上部30メートル程が崩れてしまいました。その後、1479年~1481年には改築され、土台の1辺56m、高さ80m、ランナー・タイやスリランカ、ビルマなどの複合した様式の建築となり、タイでは最も重要であるエメラルド仏(Emerald Buddha)も一時ここに納められたそうです。

     ワットなんちゃら

    ※本堂に入るとまず、仏像がありました。蓮の花・ロウソク・お線香・金箔の4点セットを購入。中央に安置されている仏像に金箔を貼付けます。 

     次にワット・プラ・シン・ヴォラマハヴィハラです。チェンマイの中でも重要なお寺とされています。メンラーイ王朝のパヤオ王によって建立され、セーン・ムアン・マ(Saen Muang Ma)王がランナー・タイ王朝プラ・ブッダシンを統治していた時、カンペエンプ(Kampaengpet)から非常に名高い仏像がマハプロン(Mahaprom)王によってチェンマイ王に献上される為にチェンマイに運ばれて来ました。仏像を運んでいた荷車がたまたまこの地で壊れ、仏像はこの寺に安置され、この後、ワット・プラ・シンという名前で呼ばれるようになりました。仏暦2315(西暦1772)年、この寺はカビラ(Kavila)王の手によって大規模な修復工事を請けています。プワット・プラ・シンは仏暦2483(西暦1941)年に国王の庇護の元、その地位を国寺に引き上げられました。

     今回の海外研修を通して私が感じた事は、タイという国は国王に対しての尊敬の念の強さと宗教に対しての信仰の深さに興味を覚えました。 

    タイ舞踊 舞踊(白木会員)                   

    ※寺院紹介の合間に紹介された、タイ舞踊の紹介画面です。右の写真では白木会員に似た方が踊っていますが・・・。

     続いて、佐藤会員よりバンサーイターンでの作業に関して報告を頂きました。

     3月24日、タイ、チェンマイにあるバンサーイターンへ到着しました。日本より預かってきた多くの布を届け、「バンサーイターン」とはどんな施設なのか、創設者である早川さんからお話を伺う事が出来ました。

    バンサーイ2

     「バンサーイターン」の始まりは2002年。「バーンサバイ」というエイズシェルターを日本人2人で立ち上げ、2010年まで8年間運営していました。現在「バーンサバイ」はタイ人によって運営されており、HIV陽性者の為の職業訓練施設「バンサーイターン」を早川さんが中心となり、管理しています。重病者でも自立して生活出来るように、という願いが強く、貧困層でも「手に職を」という目標を持ち、同じ土地に住む事で親身になってこの施設を支えています。

     「バンサーイターン」は洋裁学校として14歳から56歳までの人が集まっています。最大14名までしか受け入れる事が出来ず、受け入れを待っている間に亡くなってしまう方もいるそうです。初めの3か月は無料で授業を受ける事が出来るそうですが、2年間という卒業期限があり、最後に洋服を1着作って卒業製作としています。服を作れるようになり、型紙まで自分で起こせるようになれば仕事の受け入れ先も多くなり、給料も上がります。卒業後は、縫製工場に就職が決まったり、手作りした物をナイトバザールで出品するなどして、それぞれ自活の道を歩んでいます。しかし、施設を出た後も早川さんを頼って舞い戻ってくる方も後を絶たないそうです。早川さんは、「甘えが出てしまっては困る。」とおっしゃっていましたが、それだけこの施設が心の支えになっているという事ではないでしょうか。

     施設に通っている方は、タイで生まれ育った人ばかりではありません。様々な国籍の方です。多くは最下層であり、履歴書に書ける学歴はない為に職に就く事が出来ないのです。中には、山岳民族も通っていますが、読み書き計算を学んでいない為に、いざミシンを使って作業するにも単純な洋裁しか教える事が出来ないという問題もあります。そういった場合でも、ポストカードを作ったり、ミシンを使って真っ直ぐに縫うという工程から、個々に合わせた「手に職をつける」支援をしています。

    バンサーイ1

    ※作業の様子です。

     今回、私たちが運んだ布は寄付によって集められた物で、製品になる前の練習用の布です。日本全国各地から集まったこの布が大きな助けになっていると早川さんはおっしゃっていました。実際に作業の様子も見学させて頂きましたが、一見してとても重い病気にかかっているとは分からないし、貧しい暮らしを強いられているとも思えませんでした。早川さんがおっしゃるには、タイという国自体が階層社会であり、生まれた時には命の価値か決まっており、重い人生から抜け出す事が難しいそうです。日本人に生まれれば、殆どの人が当たり前に両親に育てられ、当たり前に学校に通います。そんな当たり前の世界で生きている限り、貧困とは金銭面だけではなく多くの問題を取り巻いている事だと、なかなか気づけないのではないでしょうか。

    バンサーイ3

    ※作られた製品です。

     この海外研修を通して生まれた小さな繋がりを大切に、私自身、そしてRACとして何が出来るか考え、行動していきたいと思います。

    終劇 坂井委員長ひと言

     参加者からの発表の後、坂井RI第2510地区ローターアクト委員長より総評を頂き、本研修会報告は終了しました。

      研修の発表が終わった後は、千歳RC 親睦活動委員会の喜多会員と千歳RAC北村幹事に進行をバトンタッチし、進めて頂きました。

     余興進行者

    ※喜多会員と北村千歳RAC幹事の進行でテーブルを回り、3名のローターアクトメンバーよりスピーチして頂きました。

    余興スピーチ 余興スピーチ1 余興スピーチ2

    ※スピーチするアクトメンバーです。 

     続いて、千歳RACの次年度北村会長・東野副会長より意気込みも込めてご挨拶を頂きました。  

    次年度千歳RAC会長より 北村 秀美 次年度会長

    次年度アクト会長挨拶

     次年度、会長を務めさせて頂きます、北村 秀美と申します。会長になるに当たり、抱負を述べさせて頂きます。私は今、この場に立っている事に自分自身が驚いています。昨年の私にはこの場に立つ私を想像すら出来ていませんでした。幹事になった当初、何も出来ていない私は、悔しい思いと悩み考える日々でした。出来ない事も、吉岡会長が出来るまでサポートして下さり、無事にここまで幹事職を全うする事が出来ました。

     今年の初めに、吉岡会長より是非次年度会長に、とお話を頂き、アクトにとっても自分自身の為にも挑戦する決意を固めました。7月からは私が千歳RACのメンバーを引っ張っていかなくてはなりません。不安もありますが、会長として1年間充実した期になるように頑張りたいと思いますし、来年の7月で卒業、という形になりますので、卒業する時に今より更に成長した自分になっている様に努力してみたいと思います。よろしくお願い致します。

    次年度千歳RAC副会長より 東野 健太 次年度副会長

    次年度副会長挨拶

     7月から副会長を務めさせて頂きます、東野 健太と申します。まだ2回目なので、どの様な流れなのか分らない状況ですが、勉強しながら、自分の出来る限り活動を頑張りたいと思いますので、短いスピーチで申し訳ございませんが、どうぞよろしくお願い致します。

     懇親会の締めを恵庭RC 水野会長より頂きました。

    締めのご発声 恵庭RC 水野 凡 会長

    締めの挨拶

     恵庭RCの次年度体制としては、本日は出席しておりませんが前田会員が会長、横手会員が幹事で1年間恵庭のメンバーを引っ張っていく事になっております。今期、恵庭RCは3名の新メンバーを迎え、現在は46名です。来年度は50名を目指し頑張りますのでよろしくお願い致します。また、重ね重ねのお願いですが24日にIMがありますので、是非皆さま、お顔出し頂ければと思います。それでは、締めの発声をさせて頂きたいと思います。今後の皆さんの益々のご健勝と各クラブのご発展を祈念致しまして、乾杯させて頂きます。

     乾杯!

     最後に参加者全員で記念写真を撮り、本例会は終了しました。

    全体写真

    ※各クラブの皆さま、例会へのご参加有り難うございました。