例会報告





◇小畑 彰 会長
皆さんこんにちは。
前回の例会から2週間空きましたが、その間の大雪で、私もそうでしたが大変な思いをされた方もいると思います。雪はもう少しの辛抱かと思いますので頑張りましょう。
今日は、地区の国際奉仕委員長 髙張秀人様にお越しいただいてます。
お忙しい中ありがとうございます。後ほど卓話よろしくお願い致します。
2月は「平和構築と紛争予防」月間であり、23日はロータリー創立記念日です。
ここ数年の世界情勢を見ると、とても平和な世界とは言えませんが、
平和とは紛争のない状態だけでなく、公正、平等、人権が守られる社会こそが本当の平和であるとされます。
国際ロータリーは価値観や立場が異なるいろいろな人々がつながり、理解し合う場こそが重要で、その輪を広げることが平和構築につながるとして、グローバル補助金等を使ったプロジェクトなどが行われています。
また平和は「人」から始まると考え、世界平和と開発の担い手となる人材育成のため、財団を通じて世界中から人材(フェロー)を選び、フェローシップ(奨学金)を授与する、そういう取り組みをしています。
日本では米山記念奨学会の外国の留学生に奨学金を支給する制度がありますが、これは「平和日本」を伝え、奨学生たちに将来日本と外国との懸け橋になってもらい、国際親善と世界平和に貢献してもらうという意味で平和に寄与していると思います。
今年度ガバナー方針にもありますし、ロータリーの目的にも「国際理解、親善、平和を推進すること」とあり、ロータリーが目指すべきことが明記されています。
平和と紛争解決、なかなか実現の難しい問題ですが、紛争のない世界にすることができるのか、ロータリーとしてどのように国際平和、親善を推進するかを考える機会としたいと思います。
そして少し早いですが、今月2月23日はロータリー創立記念日であり2026年の今年は1905年の創立から121年目を迎えることになります。
いつも創立記念日ということでロータリーがどういった経緯でできたか・・が出てくることが多いですが、今日はロータリーの創設に大きく関わったポール・ハリスの生い立ちなどを振り返ってみたいと思います。
ポールは1868年(明治元年)4月にシカゴ近郊ラシーンという所で生まれています。3歳の時父親が事業に失敗したのを機に父の実家であるニューイングランド(アメリカ北東部のバーモント州)の祖父母のもとにやってきます。ニューイングランドはメイ・フラワー号でやってきたピューリタンの祖先が切り開いた土地で森林、入江、湖など四季折々の異なる表情を見せる豊かな自然に恵まれていました。そこでポールは厳格なニューイングランドの家庭の躾である犠牲,献身、名誉、真実、誠実などを祖父母から身に付け、隣人愛、友人愛の大切さ学びました。
ポールがロータリー運動に身を捧げるようになった源泉を探っていくと、バーモントの谷あいの故郷での村人の人情や宗教や政治に対する寛容な心遣いに遡ることができます。のちにポールは追想録で「ロータリーは故郷の谷間で産声を上げた」と述懐しています。
小さい頃はひどいわんぱく小僧で、腕白の度合いが激しかったようですが、その影響か最初の大学は退学になり、19歳で他の大学に入学しました。しかしそのころ祖父が亡くなってしまいます。卒業後は 一旦、大理石会社の給仕として就職しましたが、そこから祖母の勧めで法律を学ぶため再度大学に入り、弁護士の道を歩むことになります(大学は3回目)。しかし在学中に母親代わりに育ててくれた祖母を亡くし、両親と縁の薄かったポールは事実上独りぼっちになってしまいました。彼の人格を形成し、資質を植え付けたのは祖父母であり、祖父ハワード・ハリスと祖母パメラ・ハリスの2人こそロータリーの基礎を築いた功労者と言われます。
卒業後はすぐに開業せず、人生の修行のために5年間の予定で放浪の旅に出ることになります。
その間新聞記者、教師、果樹園などで働き、終生の恩人(ジョージ・クラーク)となる友人を作りながらヨーロッパにも数回行き、数か国を訪問してさらに多くの友人を得ていよいよ生涯の設計のためにシカゴに帰ることになった。この多くの人々と知り合ったことがのちのロータリー運動を展開する上で大きな財産となりました。
28歳の時に弁護士を開業しましたが、彼の法律事務所は繁盛していましたが、心は少しも晴れず、多くの知り合いがいるとはいえ、実際は天涯孤独な彼の寂しい心を慰めてくれる本当の親しい友達はほとんどいませんでした。ポールは真の友人を求め、寂しい人々を一緒にさせるクラブのようなものを作れないかと考えるようになった。その際、故郷バーモントの古き良き家庭の躾である、犠牲、献身、誠実を思い出し、故郷のニューイングランドの谷間の生活と、村人の打ち解けた真の友情と相互扶助の精神、そして祖父母から教わった寛容の精神を思い起こし、クラブの理念とすることを必須としました。
そして1人1人が自分の特定の職業を代表できるクラブにすれば打ち解けた友情が生まれると考え、この構想を何年も温め1905年2月3人の実業家に声を掛けました。
この後のことは皆さんよく知っていることかと思いますが、長くなるので今日はこれで終わります。
彼の生い立ちに関わった人々と、彼を育んだ自然風土を知ることはロータリー運動を理解する上で必要なことかと思います。
そして「ロータリー問答」は第10回目になります。
「ロータリーの目的」の意訳した内容とロータリーの奉仕理念における「利己と利他の調和」についてです。ちょっと難しめの文章もありますが、是非目を通してください。
以上会長挨拶とします。今日の例会、よろしくお願いします。
◇井渓 利光 幹事
本日の幹事報告は3件となります。
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